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理事長室より

内田義彦の世界(2014年4月21日)

 内田義彦について、本学の学生諸君がどのくらいのことを知っているだろうか。内田義彦の本を読んだ学生がどのくらいいるのだろうか。藤原書店編集部編『内田義彦の世界 1913-1989 生命・芸術そして学問』(藤原書店、2014年3月)は、本の帯封に「いま、なぜ内田義彦なのか?『資本論の世界』『経済学の生誕』で知られる経済学者、そして『学問への散策』『作品としての社会科学』等のやさしく深い文章で、学問は一人一人が「生きる」ことにつながる、と砦に閉じこもる学界を解放した、稀有な思想家。」と紹介している。内田義彦について一文で書け、と問われれば、これ以上はない完璧な一文といえる。
 ここにあげられている4冊の本すべてと『内田義彦著作集』全10巻などは本学の図書館に所蔵されている。しかし1989年の内田没後に関係者によって編集・出版された本は1冊もない。おそらく大学教員が図書館に蔵書する必要性を感じなかったからであろう。実は私も同様であった。著作集まではすべての著作を購入し読んでいる。その後の内田の本は、この本を読むまで購入したことはなかった。そして、内田の文章は著作集も含めてほとんど読まなくなった。それには明確な根拠があったわけではないが、内田の独創性ある業績は著作集までで尽きていると不遜にも考えたこと、「啓蒙の時代」は終わったという時代の思潮を暗黙の裡に受け入れたこと、そして、内田が何よりも嫌うはずである、大学運営に深くかかわり、学問を問うことが薄くなったことが思い当たる。
 本書は編集に深くかかわった山田鋭夫さんからご恵与いただいたものである。山田さんからは内田義彦『学問と芸術』(藤原書店、2009年)も先年いただき、目を通したことがあった。山田さんとは九州産業大学時代の同僚であり、高哲夫さんと3人で、「三酔人経綸問答」よろしく、大学や学問について大いに語り合っていた(もっとも高さんはほとんどお酒は飲めないが)。山田さんの友情に感謝し、ご苦労に敬意を表するとともに、「いま、なぜ内田義彦なのか?」という問いかけに応えるべく、本書を読み通した。そして、没後に編集・出版された『改訂新版 形の発見』(藤原書店、2013年11月)、『生きること 学ぶこと 新装版』(藤原書店、2013年11月)もあわせて読んでみた。読後感を一言でいえば、内田が問いかけた「市民社会における学問とは何か」に対して、現代の社会科学は十分に応答していない、というか、応答可能な形で課題が設定できていない、ということになる。

 内田義彦の言説は多面的複合的である。内田義彦とはどんな人物かは、『内田義彦の世界』を紐解けばよく分かる。本書中の「内田義彦の生誕」には、内田の誕生から主著『経済学の生誕』までについて、内田自身の言葉を編集し収録している。初めて読むものも多く、内田の半生がよく理解できた。また、友人・知人による新たな寄稿文、内田没後に寄せられた文章、内田義彦を語る夕べ(1992年11月29日)における発言を通して、内田義彦の思想と人となり、思い出、受けた影響などが見えてくる。内田義彦に少しでも関心のある方々には本書の一読を薦める。
 ここでは、森鴎外のフォルシュングForschungとシュトレーバーStreberという2つの言葉を手掛かりに、内田義彦が日本の学問のあり方について論じていることに限定して考えてみたい。
 「学問と芸術―フォルシュングとしての学問―」(『生きること学ぶこと』収録、『思想』1972年9月号初出、『学問への散策』(岩波書店、1974年)及び『著作集』第8巻(岩波書店、1989年)に再録)では、日本の学問状況として「総じて学問が人間不在の学問になっている」ことを指摘し、それを踏まえて鴎外のシュトレーバーとフォルシュングについて論じる。森鴎外は、明治42年の小文で「シュトレーバーという言葉」を、明治44年の『妄想』では「フォルシュングという言葉」を、それぞれ問題にする。鴎外は、ドイツ語のStreberという言葉は努力家、勉強家を意味するが、同時に嘲るという意も帯びている。学問界、芸術界に地位を得ようと思って骨を折る人物をドイツではStreberという。日本にもStreberが多くいるが、日本語にはStreberに相当する言葉がない。それは日本人がStreberを卑しむという思想を有していないからである、とする。また、鴎外は、ドイツ語のForschungについて、日本では学問の雰囲気がなく、Forschungという意味の日本語も出来ていない。Forschungには、研究なんていうぼんやりした語は実際役に立たない、と断じた(『生きること学ぶこと』pp.211-214、pp.214-218)。(なお、内田は、「学問の創造と教育」1972年で、フォルシュングに「探究」、フォルシュングの精神に「探究心」という訳語を一応あてている(同上、p.152、p.178)。)これを受けて、内田は、いまの日本には「「研究」熱心なシュトレーバーはあるが、フォルシュングの精神はない」(同上、p.220)と結論づけた。シュトレーバーに関しては、いま話題のSTAP細胞に関わって、日本には様々なシュトレーバーが跋扈しているようにみえる。
 フォルシュングに関しては、単なる研究ではない、学問的雰囲気とされているだけで、なかなか理解しにくい。内田は、フォルシュングにほぼ相当する英語インクワイアリーEnquiryを「研究」と訳すと、「「尋ねる」という「研究」以前のごく日常的な面、「研究」をこえて哲学に近づく面、インクワイアリーという言葉に含まれる両方が、「研究」ということからはみ出」す(『生きること学ぶこと』p.230)として、フォルシュングには、日常的な面と哲学(思想)的な面とが含まれている、とする。この点に関して、中村桂子(生命誌)も「「フォルシュング」という言葉には、いわゆる研究だけでなく思想も日常も入っている。それを「研究」と訳した時に思想と日常を落としてしまった」ことを確認し、その結果、「明治以来百年以上の学問のありようのマイナスが今になって噴出している。三・一一後の原発の問題は、その象徴だ」と主張する(『内田義彦の世界』p.38)。その意味するところは、思想と日常(生活)が欠落した原発研究は、容易に「原子力ムラ」に取り込まれてしまうということだろう。
 内田義彦自身は「人間が生きるということそれ自体にかかわって学問の意味づけが行われないかぎり、学問は、学界の権威によりそった学界のための学問になるか、社会的有用性のための、手段としての学問に転落する他ありません」(『生きること学ぶこと』pp.239-240)と言い切る。松島泰勝(経済学/沖縄学)は、内田のこの文章を引用し、「学問とは一部の学者のものではなく、ツールでもない。人間がこの世で生きていくためのものであり、生きること自体が学問である」として、「人間として生きるために沖縄学が形成された」と記している(『内田義彦の世界』p.85)。肝心なことは、学問は「人間が生きること」に根ざさないかぎり、フォルシュングに値しないということである。
 さて、顧みるならば、上述の「沖縄学」にみられるように、様々な分野で生きるという観点から学問的な営為がなされてきているが、学問状況全体からみれば、まだまだ部分的なことであり、学問の世界や現実の世界を動かすには至っていない。とはいえ、内田義彦の精神は、学問のあり方、学問の精神、学問と社会などのテーマに関して、「近代」や「啓蒙」の原点からの問題提起を発し続けている。(疑う人は『内田義彦の世界』をみよ!)その意味で、内田義彦は決して過去のひとではなく、いまなお生き続けており、その問題提起をどう受け止めるかはわれわれの課題である。最初に戻れば、内田が問いかけた「市民社会における学問とは何か」に対して、時代と社会と切り結ぶ応答可能な課題を設定し、それを学問として探究することで応えるよりほかにはない、といえる。
 学生諸君には内田義彦にチャレンジしてみることをお勧めする。内田義彦の文章は、分かりやすい文体でありながら、学問や芸術、生命について深く考えさせる、したがって難しい内容をもっている。読みやすいが、噛みごたえのあるものである。学生諸君にとって、内田義彦を読むことが、自らについて見つめ直すきっかけを与えてくれ、実りある学生生活を送る一助となることを願っている。