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理事長室より

桝谷學氏を偲ぶ(2014年5月3日)

 本学の第1期卒業生の桝谷學さんが本年3月16日に急逝された。5月3日はちょうど四十九日にあたる。桝谷さんは下関市立大学学生歌「青潮ゆたかに」の作曲者である(作詞は山田龍雄・元学長)。この学生歌は、本学の入学式と卒業式には必ず演奏・斉唱されるので、学生諸君にも卒業生の皆さんにも馴染みのある曲だと思う。
  桝谷さんは卒業後の短い会社勤務の後、下関で音楽関係の仕事をずっと続けられ、逝去時にはNPO法人昭和音楽館21の理事長であり、ラウンジ21のマスターだった。3月10日に私は知人とラウンジ21をたずね、桝谷さんと奥様にもお会いしたが、翌日から桝谷さんが体調を崩されたので、我々が最後のお客だったとのことである。また、桝谷さんの思い出としては、平成25年2月に第1期生から下関市立大学50周年を記念して寄贈・植樹された「しだれ桜」のことがある。折角のしだれ桜は植樹後の最初の夏に、すっかり葉が落ちて元気をなくしたことがあった。私はこのしだれ桜を枯らしてはならないと警鐘を鳴らし、事務局の尽力で桜は元気を取り戻した。桝谷さんも心配されていたが、3月10日にもしだれ桜の近況報告をしたら喜んでおられた。
  4月6日に桝谷さんを偲ぶ会がラウンジ21で開かれた。偲ぶ会には音楽仲間、本学同窓会メンバー、お店の常連客など約80人が集まり、私も参加した。偲ぶ会は桝谷さんの遺作となった「讃!下関」が桝谷さんの声で流れる中で始まり、関係者の挨拶、演奏や熱唱などが続き、音楽による偲ぶ会となった。なかでも桝谷さんの学生時代の軽音楽部仲間などによる演奏は桝谷さんの不在を改めて痛感させることでもあった。
  四十九日にあたり、桝谷さんの穏やかな笑顔にもう会えないかと思うと、本当に寂しく、残念な想いを強くしました。