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理事長室より

坐禅ガール(2014年6月2日)

 坐禅に取り組む女性、「坐禅ガール」が増えているそうだ。人生の悩みを解きほぐすための坐禅ということであろうか。人はそれぞれに悩みを持っており、その解決に苦しんでいる。日本の現状からみれば、やはり女性の方が悩みは多いように感じられるが、その名もずばり『坐禅ガール』という本が出版された。田口ランディ『坐禅ガール』(祥伝社、2014年)である。『讀賣新聞』夕刊の「本 よみうり堂 トレンド館」では、「坐禅 静かな世界」(2014年4月19日付け)というタイトルで、坐禅を巡る本が相次いで刊行されているとして、『坐禅ガール』をはじめ、坐禅に関する本が紹介されている。私もそのうちの何冊かを読んでみた。以下はその報告記である。

 田口ランディ『坐禅ガール』は、東京・神楽坂の寺院で開かれた3月11日の「東京慰霊祭」で、50歳前後の女流作家(よう子)と33歳のフリーターらしい女の子(りん子)がめぐり合った。帰る場所の当てのない女の子を作家は自宅に連れ帰って、落ち着かない生活がスタートした。小説は、それぞれの過去を交互に描きながら、恋愛、3.11による恋人の死、容姿、ふたりの悩みと秘密を明らかにしていく。よう子の知人で日本人とのハーフである70歳のアメリカ人女性(アイリーン)は、禅の入門書『女と禅』の作者である。よう子はこの禅マスター(アイリーン)による坐禅会を東京で開くことを企画した。3泊4日の坐禅会は、「ただ、坐る。それだけ」「坐禅は始まりはあっても終わりはない」「じっと坐っていると、だんだん自分のことがわかってくる」「心が成長するためには、古い殻を脱ぎ捨てなければいけない」「言葉を越えなければ解脱には至れません」など禅のキーワードを踏まえながら進行していく。坐禅会に参加したよう子とりん子は次第に心を開いていき、それぞれが心に秘していた「悩み」をアイリーンにカミングアウトするようになった。そのことを通じて、ふたりが人生の再出発に歩み出すところで、この小説は終わっている。
 星覚『坐ればわかる』(文春新書、2013年)。星覚は永平寺で3年間の修行した雲水(禅の修行僧)で、ベルリンを拠点に、ヨーロッパ各地で坐禅を体験してもらう活動をしている。彼は俳優を目指して入った、2年制のアップスアカデミー(UPS)という俳優養成所で、進級できず、初めて挫折を味わった。その後の模索の中で禅を知ったことが参禅のきっかけだという。彼は修行体験によって、新たな生き方を発見したが、その基本が坐禅だった。彼によれば、身体は「個と環境」との関係からなっており、両者の調和的関係をつくりだすには、「調身調息調心(ちょうしん ちょうそく ちょうしん)」、すなわち「身体を調えることで姿勢が調い、息や心の緊張が自然にほどけて私と私でないものがひとつになる。美しい作法はそこに自然と現れるもの」とする。姿勢を調える基本が「眼横鼻直(がんのうびちょく)」で、眼をまっすぐ横に揃え、つぎに左右の耳の穴と肩の骨の4点が横から見た時に1枚の板の上に乗るように揃えると、頭が一番楽に支えられるようになる、とのことである。
 平井正修『心がみるみる晴れる 坐禅のすすめ』(幻冬舎、2014年)。平井正修は臨済宗全生庵の住職である。全生庵は中曽根康弘元首相や安倍晋三現首相が参禅する寺としてよく知られている。平井は、先代住職の父親の他界にともなって、2003年に第7世住職に就任した。「坐禅をすれば「無心になれる」なんてこともありません。私自身、毎日坐禅をしていますが、一生かかっても、そのような「無心の境地」に至れる日がくるかどうかわかりません」と「はじめに」で記している。坐禅会には老若男女がやってくるが、この頃の傾向としては、若い女性が増えてきている。坐禅をしようとする人に共通しているのは、「漠然とした不安を抱えている」ことだ。多くの不安には解決策がなく、捨てられるものは捨てる、捨てきれないものは抱えていくしかない。捨てきるのが禅の究極の姿だとする。
 「坐禅とはただ坐るだけのこと」である。坐ることには「心の自然治癒力」を高める働きがあり、余計なものを捨てて、本来の自分の姿に返ることが可能になる。坐禅では「調身調息調心」というが、身体→呼吸→心という流れで己を調えるとして、その方法を説明する。とくに呼吸を調えることが重要であり、長い呼吸ができると、心が落ち着き、ゆったりと話ができるようになると説く。
 横尾忠則『坐禅は心の安楽死 ぼくの坐禅修行記』(平凡社ライブラリー、2012年、本書収録の『我が坐禅修行記』は講談社より1978年刊行)。横尾忠則は美術家、グラフィックデザイナーとしてよく知られている。また、霊界の存在を信じており、母の亡霊を見たことがあるという。参禅のきっかけは、1975年1月に個展を開いた総持寺に下見に行ったときに、禅堂での雲水の修行生活を見たことだった。1975年10月の鶴見の総持寺(6日間)にはじまり、浜松の竜泉寺(8日間)、永平寺東京別院(2泊3日)、山梨県の青苔寺の国際禅道場(2泊3日)、千葉の鹿野山禅林と続き、永平寺で終わった。横尾の参禅記は、坐禅の未経験者による率直な体験記録であり、参禅の実態がよくわかる。
 永平寺での体験はまるで軍隊生活で、食事作法の間違いなどに対する参禅担当の雲水の怒鳴り散らす声や厳しい監視などによって、恐怖と戦慄を覚えたという。これをきっかけとはいっていないが、横尾の参禅は長い中断に入った。横尾は、坐禅について「調身調息調心が決まり、心と体が一体となり健康体になると同時に平常心を保てればたとえ悟れなくってもこれで充分満足だ」としており、坐禅そのものをやめたわけではなく、生活、とくに自然のなかでの坐禅は続けているそうである。
 本書のタイトルになっている「坐禅は心の安楽死」は書き下ろしで、横尾の最近の坐禅観を示している。坐禅とは去来してくる雑念との戦いみたいなところがあり、次々に去来する雑念を吐き出すことによって、「心の奥の不透明な種子を安楽死させること」であり、悟りの世界に心を移行させるのが、「心の安楽死」だ、としている。「悟りの世界」を示すために、「心の安楽死」という過激な表現を採ったということであろうが、それにしても分かりにくい。

 ここで紹介したどの本も、つづめて言えば、坐禅とは坐ることに始まり、坐ることを続けることだ、と説いている。道元禅師のいう「只管打座(しかんだざ)」である。そして、坐禅の基本は「調身調息調心」であるとする。その概要は上述の通りであるが、詳しくは前掲書に当たるか、その他の本を読んでほしい。
 また、坐禅を経験するには、禅宗寺院で行われている坐禅会に参加するとよいだろう。下関市内のいくつかの寺院でも実施されている。東亜大学では、毎年新入生向けに長府の功山寺で1泊2日の「座禅」研修を行っている。11回目の今年は、住職の講話と約30分間の「座禅」だったそうである。

 実は、私も一度だけ、それもわずかな時間、禅寺で坐禅のまねごとをしたことがある。大学卒業後に就職した会社の新入社員研修で、ある禅寺で講話を聴き、そこの坐禅道場で30分ほど坐禅を行った。折角の機会だから警策(けいさく、きょうさく)で打ってもらったりした。その後は坐禅することもなく過ごしていた。私が坐禅や禅に関心を持ったのは、井筒俊彦『意識と本質―精神的東洋を索めて―』(岩波書店、1983年、岩波文庫版、1991年)を読んだのがきっかけになった。井筒はイスラム学の権威であり、コーランの訳者としても知られるが、本書は、「東洋哲学の磁場のなかから、新しい哲学を世界的コンテクストにおいて生み出していく」ための思索をまとめたもので、禅の思想も詳しく検討している。本書は、私にとっては共感するところが多く、とくに禅に関する分析は腑に落ちた。1990年代の私は様々な難題・課題を抱えて、心の迷いが生じていた時期であり、心を鍛えたいという思いもあって、これを契機として、禅の本を読み漁った。一部をあげてみれば、『臨済録』『無門関』『碧巌録』などの中国禅の古典、鈴木大拙や山田無門の著作などなどである。そして、寺院ではなく、自宅などで、まったく自己流で坐禅のまねごとを行ったのである。