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理事長室より

金子勇さんのこと(2014年6月16日)

 先だって、金子勇著『「成熟社会」を解読する―都市化・高齢化・少子化―』(ミネルヴァ書房、2014年3月20日発行)が送られてきた。金子さんは社会学専攻、私は日本経済史なので、どういう関係かといぶかる人もあろう。彼と私は、35年ほど前に久留米大学商学部で同僚だった。それ以来のお付き合いであったが、近年は年賀状を交換する程度にとどまっていた。
 ところで、研究者仲間では、著書や論文を相互に送りあう慣行がある。送られた側は、それを読んで感想、コメント、論評を添えて礼状を出すのである。大学院時代のある先生は、献本されたら、すぐにこれから勉強させていただくと礼状を出すことにしている、遅くなると、しっかり読んでコメントしなくてはならなくなる、とおっしゃっていた。その時はそんなものかと思っていたが、自分が当事者になってみると、なるほど「至言」だと思った。しっかりとコメントすることはなかなか難しく、簡単な感想を一言添えることが多かった。後には、頂くものも多くなり、「雑事」も多くなってからは、年賀状や暑中見舞いで済ますこともあった。
 金子さんに戻る。金子さんは久留米大学商学部に1977年4月から84年9月まで、私は1978年4月から83年3月までそれぞれ在職した。ほぼ同年代で同時期に在籍したH氏と3人は、研究面では専門分野は異なるが切磋琢磨し合う仲間であるとともに、様々なことで何かと共にすることが多かった。金子さんの結婚式では司会を務めたこともあった。私にとっては数少ない司会役であったが、この時は記憶に残ることがあった。主賓の紹介の際に、新郎が公私ともにお世話になっている恩師です、と紹介したところ、公私ともにお世話したことはありません、とピシャリとやられてしまった。もう一人の来賓の挨拶が長くなったので、そろそろまとめてくださいとお願いした。こちらは後で叱られた。その後、金子さんは1984年10月に北海道大学に転出したが、金子宅に泊めていただいたこともあった。北大での学会か北海道での調査の際だったかと思うが、その晩はスナックのカラオケで金子節をたっぷり聞かせてもらった。
 そんなことを思い出しながら、金子さんの近著を手にした。この本は、35年間にわたって、時々に新聞や雑誌などに発表した短い文章をテーマ別、年代別にまとめたものである。テーマは、本書のサブタイトルとなっている都市化、高齢化、少子化に加えて、地域福祉、環境問題、音楽という6つの分野を設け、最後は「碩学の姿」となっている。
 金子さんは、「全体社会」のあり方と行く末に関心が強く、時代が変遷していく中で、つねに「現状認識」を確認しつつ、時代が要請する実践的課題に取り組む研究を続けてきた。研究テーマは、「都市化とコミュニティ」、「都市高齢化と地域福祉」、「少子化する高齢社会」と力点を変えつつ、日本社会の問題点に切り込む研究姿勢を堅持した。その軌跡が本書であり、随所に新しい視点からの社会への提言が示されている。例えば、比例代表制に代わる世代代表制案、郵便局=「見えにくい国民貢献」論、「子育て基金」案、CO2問題への「科学的接近」などである。
 本書の白眉というべきは、吉田正の音楽を論じた「第VI部 音楽とマスコミ」と金子社会学事始ともいえる「第VII部 碩学の姿」であろう。
 私は、父親から人前では歌うなと言われたほどの音痴であり、かつカネと時間のかかるクラシック鑑賞も断念してきたので、音楽を論ずる資格はない。ここでは金子音楽社会学に耳を傾けるに止めたい。金子さんが主に取り上げているのは歌謡曲であり、見田宗介『近代社会の心情の歴史』(講談社、1972年)と小泉文夫『歌謡曲の構造』(冬樹社、1984年)について、前者は作詞面だけで論じており、逆に後者は楽曲の分析が中心で、時代背景が皆無であるとした。そして、歌詞、楽曲、時代背景の3本柱による吉田正研究を推進した。吉田正にこだわったのは、小中高校時代の愛唱歌だったこと及びメロディの時代性に着目したことによる。吉田メロディは、「異国の丘」を出発点に上海を経由して、都会の20代後半から30代の愛情を歌い上げた都会派歌謡曲(例えば、フランク永井「有楽町で逢いましょう」、フランク永井・松尾和子「東京ナイト・クラブ」、松尾和子・和田弘とマヒナスターズ「誰よりも君を愛す」など)として実を結んだ。その後、10代の純情を志向する都会派青春歌謡曲(例えば、橋幸男「潮来笠」、橋幸男・吉永小百合「いつでも夢を」、三田明「美しい十代」など)に軸を移動した。その研究の集大成が金子勇『吉田正』(ミネルヴァ書房、2010年)である。
 「碩学の姿」では、高田保馬、越智昇、内藤莞爾、鈴木広の4氏が取り上げられている。高田保馬は金子さんの郷里・大川市に近い佐賀県小城郡三日月町出身で、金子さんの母校九州大学の初代社会学教授であった。越智昇氏は、金子さんの論考が掲載された『コミュニティの社会設計』の編者であり、そのコミュニティ論と人柄に魅かれるものがあったのだろう。内藤莞爾氏は九大時代の恩師であり、折に触れて研究者の心構えなどを教示された。鈴木広氏は金子さんがもっとも影響を受けた九大時代から今に至る恩師である。本書のなかでもっとも力の入った論考が「綜合社会学による都市的世界の探求―鈴木社会学から学んだこと」であろう。ここからは、金子社会学事始がよく分かると同時に、鈴木に対する敬愛の念が伝わってくる。
 金子さんは、鈴木社会学を綜合社会学の立場からの都市社会学であるとして、その学問的姿勢を、(1)パーソンズのAGIL図式を踏まえた社会変動の総合的研究、(2)質的調査と計量的調査を組み合わせた研究、(3)論文執筆と報告書作成の同時並行という方法と受け止め、自らの研究の指針とした。また、鈴木の提唱した「コミュニティ・モラール」と「コミュニティ・ノルム」の生成過程を明らかにしている。とくに「コミュニティ・モラールのDL理論」(Direction方向性とLevel水準)からコミュニティ・ノルムへの転換を跡づけたうえで、「コミュニティのDL理論」は未完に止まったのではないかとし、その継承発展を自らの課題とした。DL理論に基づいた鈴木の調査表は、質問項目ごとに2つの選択肢で人々の内なるモラール(倫理)やノルム(規範)をえぐりだす内容となっており、興味深い。
 「おわりに」で、金子さんは自らの立場をグリーン・パラダイム問題では「環境史観」に、「少子化する高齢社会」では「人口史観」にそれぞれ立脚しており、21世紀の先進国においてはこの両史観は共存する運命にあるとしている。本書の性格上からも詳しい歴史分析に踏み込んでいるわけではないが、経済史学を専攻する私にとっては共感を覚える視角である。
 金子勇さんは、2013年に北海道大学を定年となり、特任教授を経て、2014年4月より神戸学院大学現代社会学部教授として、教育研究活動を継続している。今後のさらなる活躍を願っている。