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理事長室より

同窓会長崎県支部総会、そしてオープンキャンパス(2014年8月18日)

 8月9日の長崎原爆の日に、同窓会長崎県支部総会・交流会が諫早市の「諫早観光ホテル 道具屋」で開かれました。中里寛人支部長、井上準之助支部事務局長はじめ長崎県支部の皆さん、来賓として同窓会本部から柴田会長(長崎県支部)、山本本部事務局長、大学から私、それに佐賀県から真崎さんも加わり、約15名の参加で和やかな雰囲気の支部総会・交流会でした。私は来賓挨拶のなかで、大学の近況報告とともに、台風11号の接近が報じられていたこともあり、1957(昭和32)年の諫早大水害で初めて諫早について知ったこと、また、来年の全国の集いの諫早での開催などについて話しました。
 交流会は、あたかも全国の集いの決起集会の様相もおびており、いろんな楽しいアイデアが披露されましたが、それについては来年の楽しみに取っておくこととします。長崎ならではの楽しみ満載の集いになることを請け合いますので、来年の6月6日(土)にはぜひ一人でも多くの同窓生が諫早の「諫早観光ホテル 道具屋」に集うことを心より願っております。

 諫早大水害については、よく知らない人も多いでしょうが、昭和32年7月25日から26日にかけての集中豪雨で、1昼夜の降水量は北諫早で588ミリに達し、本明川をはじめ市内のすべての川が氾濫し、上流部の至る所で山津波が発生しました。旧諫早市内の被害状況は、死者・行方不明539名、家屋浸水3409戸(うち床上2734戸)、被害総額約87億円(現在換算で約415億円)という大災害でした。私は当時中学生でしたが、新聞報道による大水害の状況を今も鮮明に記憶しています。
 全国の集いの開催については、なぜ長崎市ではなく諫早市かと疑問に思っていたのですが、諫早が長崎県の交通の要衝であり、鉄道の結節点であるとともに、大村の長崎空港からも近いという立地条件に恵まれているとのことで、納得がいきました。13年前の全国の集いの開催も「諫早観光ホテル 道具屋」だったそうです。
 「道具屋」という名称の由来は、ホテルの先代が花嫁道具などを造る道具屋を営んでおり、昭和初年に旅館に切り替えた際に、「汽車汽船の延長の道に具わる」こと及び花嫁道具屋だったことに因んで「道具屋旅館」と名付けたとのことです。昭和40年に鉄筋4階建てにしたときに「諫早観光ホテル」に改名しましたが、「道具屋」を消し去るに忍び難く「諫早観光ホテル 道具屋」として現在に至っています(「道具屋(屋号)の由来」による)。
 なお、今年の国体の「長崎がんばらんば国体」では、総合開・閉会式及び陸上競技の会場は諫早の長崎県立総合運動公園陸上競技場とのことです。長崎県で行われる大規模な陸上競技会などは諫早で行われ、天皇はじめ皇族が宿泊するホテルは道具屋とのことです。

 翌8月10日には、本学でオープンキャンパスが開かれました。台風11号の接近が予測され、開催についての問い合わせもあるなかで、8日の午前中に関係者が様々な検討を行った結果、開催を決断し、全体説明会の開始時間を30分遅らせ、それに伴う調整を行っての開催でした。私も様子をみるために、諫早から早めに戻って、大学に駆けつけました。
 幸いなことに当日が雨模様ではありましたが、交通機関の乱れも少なく、午後になって風雨がやや強くなったものの、行事の運営に支障がでるほどではなく、教職員の皆さんと学生諸君の奮闘のおかげで無事に終了したので、ほっとしました。
 あとで受けた報告によりますと、471名の参加は、本学のオープンキャンパス史上では最多で、とくに高校3年生が多かったのも今年の特徴だったとのことです。