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理事長室より

風鎮祭と盆踊り(2014年8月26日)

 今年の夏は、台風の襲来、集中豪雨などが続き、各地に大きな被害をもたらした。とくに8月19日、20日に広島市を襲った集中豪雨による土砂災害は死者58人、行方不明28人という大惨事を招いた(8月25日現在)。豪雨や土砂崩れは様々な要因が重なって起こるとみられるが、自然の動きを人間が御することは大変難しく、古来、自然災害を避ける知恵と対応が各地域ごとに蓄積・共有されるとともに、自然のもつ威力を畏れ、自然を神として敬う信仰心も培われてきた。風鎮祭もそのひとつである。台風や豪雨の襲来を前にして、風雨を鎮め、五穀豊穣を祈る行事が生まれ、やがて神社の祭りなどとして制度化された。風鎮祭が行われる日にちは場所によって異なるようであるが、旧暦の7月15日ころや二百十日ころが多いようである。
 著名な風鎮祭としては、つぎのようなものがある。龍田大社の風鎮大祭(奈良県三郷町)は、天武天皇4年(675年)に勅使を遣わして風神を祀らせたことに起源をもつとされ、毎年7月第1日曜日に行われる。阿蘇高森の風鎮祭(熊本県高森町)は、260年の伝統を持つ、風を鎮め、五穀豊穣を願う祭りで、毎年8月17・18日に行われ、現在は、神事も組み込まれているものの、実行委員会主催の町をあげての観光祭りとなっている。また、おわら風の盆(富山市八尾町)は、陰暦の盆踊りと二百十日の風除け・五穀豊穣祈願とが混交したとされる八尾町旧町の行事であるが、毎年9月1日~3日に行われることからみて、一種の風鎮祭とみてよかろう。その他では、伊和神社の風鎮祭(兵庫県穴粟市)は8月26日(二百十日の1週間前)、弥彦神社の風祭(新潟県弥彦村)は9月11日頃(二百二十日)などがある。
 下関市の住吉神社では、8月25日(二百十日の1週間前)に風鎮祭が行われ、わたしも見学した。花火の打ち上げを合図に、太鼓とともに風鎮祭は始まり、宮司が、神々の名を唱え、悪しき風と荒き水を鎮め、稲の豊穣を祈願する(と聞こえた。)祝詞を朗誦し、宮司、氏子総代、関係者の玉串奉奠が行われた。わたしも祝詞を聞きながら、これから台風や秋の長雨などによる災害のないことを祈願した。
 住吉神社の風鎮祭では盆踊りも行われた。氏子の会や自治会が中心の盆踊りで、多くの人たちが住吉神社の踊りや平家踊りなどを楽しんでいた。盆踊りの起源には様々な説があるが、盂蘭盆会の祖霊送り、祖先供養の念仏踊り、古来からの風流踊りなどが融合して、盆行事としての盆踊りが成立し、陰暦7月15日頃に行われるようになった。そして、その後、盆通りは独自の発展をとげ、現在のような様々なかたちとなった、と考えている。
 わたしの小さかったころには、郷里では各地区ごとに舞台を設けて、八木節にあわせて、青年男女のグループによる揃いの衣装で和傘を使った盆踊りの大会が行われていたように記憶している。郷里の盆踊りは、近時はお盆の8月15日夜、町まつりの一環として中学校グラウンドなどで行われてきた。わたしも一度だけ見物したことがあった。ところが、平成23年からは10月下旬に町まつりを商工祭、文化祭と統合することになり、町の盆踊りは姿を消した。地方における納涼盆踊りの役割は小さくなったということだろう。