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理事長室より

「先帝祭」(2017年5月8日)

 5月3日に赤間神宮で先帝祭がありました。赤間神宮から案内があり、招待席で見物できました。先帝祭の行事は、本殿祭と上臈参拝です。本殿祭は10時開始で、上臈参拝は13時から15時で、10時前から15時過ぎまでの長時間にわたって見物させていただきました。本殿祭は一度みたことがありましたが、上臈参拝は初めてでした。ということもあり、上臈参拝の報告です。

 上臈参拝とは、ご存知のことかもしれませんが、壇ノ浦の合戦で平家滅亡後に、安徳天皇の命日に官女遊女たちが御廟所に参拝しご冥福を祈ったのが起源とされています。平家に仕えた女官の中には、下関の地で遊女として生きた人もあったのです。そして、現在の形態になったのは江戸時代のことと推定されます。上臈とは、江戸時代の大奥女中の最上位に位置する年寄のことで、これに因んで、遊女の中でも高い地位にある花魁や太夫のことを上臈と呼ぶようになったと思われます。

 赤間神宮での上臈参拝では、参拝に先立って上臈道中が行われます。上臈道中とは、上臈たちが下関市内と赤間神宮で練り歩くという行列のことで、列次は稚児、警固、官女、禿、上臈の順で、最後尾は男性2人の供が従います。市内を歩む上臈道中は、昨年、一昨年と雨のため中止で、3年ぶりとのことでした。私は市内道中をまだ見たことはないのですが、太夫の高下駄での外八文字という独特の足さばきがよく知られています。

 上臈参拝は、一番の振袖太夫、二番、三番、四番太夫と続き、五番の傘留太夫の順に外拝殿の舞台で安徳帝の御霊に参拝します。舞台に昇るのは、警固、官女、禿、太夫で、官女と太夫が神前で参拝儀式を行います。先ず官女が玉串を奉納して拝礼し神酒を受けます。そのあとで太夫が同じように参拝します。拝礼の所作では、官女は両手を開いて拍手を二回打ちますが、太夫の二拍手は、両手を開いての打ち込みでは、寸止めして音を立てない独特の作法で行われます。高い精神性を込めた所作といえます。
 上臈参拝の時間は約2時間、一番太夫がやや長く、その他は20分程度でした。当日は五月晴れの快晴で、神社の朱色と周囲の若葉の緑を背景に、豪華な太夫の衣装、拝殿での立ち居振る舞いなど参拝の様式美は見事なものでした。招待席も燦燦たる日の光をたっぷり受けて汗ばむほどでしたから、上臈参拝の女性たちはたいへん疲れていたことでしょうが、最後まで凛とした立ち居振る舞いで参拝を行いました。

 ところで、傘留太夫の官女は下関市立大学3年の江馬さつきさんで、前日に日本舞踊さくら会(学内サークル)を指導する花柳英佳和(はなかわ)先生と一緒に挨拶に来てくれました。落ち着いて頑張って、と激励しました。その際、先生のお話では、5人の太夫の順番は、おおむね年齢順だそうで、振袖太夫が先導し、最後尾の傘留太夫は全体のまとめ役とのことでした。そのためと思われますが、参拝では傘留太夫だけに菊の御紋が入った文箱を持つ禿が加わり、禿は3人付いていました。
 そんなこともあり、5人の官女のなかでは、ひいき目かもしれませんが、江馬さんが最も美しく、しっかりしていました。

 上臈道中・参拝に参加する人たちは、早朝5時に集合し、京都から来る着付け師によって、化粧、鬘、衣装着付けなどの支度をしたそうです。上臈道中のスタートは9時30分頃で、上臈参拝後に天橋から5人の大夫による餅まきが行われ、行事全体が完了するのは15時半過ぎでした。太夫をはじめ参加された皆さん、本当にお疲れ様でした。皆さんの上臈道中・参拝は大勢の人たちに感動を伝えましたので、十分に報われたと思います。

上臈参拝:振袖太夫(花柳多璃香さん)
上臈参拝:振袖太夫(花柳多璃香さん)
上臈参拝:傘留太夫の官女(江馬さつきさん)
上臈参拝:傘留太夫の官女(江馬さつきさん)

参考:下関TV「赤間神宮特集|先帝祭の歴史」
    http://www.shimonoseki.tv/akama/senteisairekishi.html