1 韓国における日系企業の活動状況と
 日本企業・日系企業から見た韓国

池 田   潔

1 はじめに 

 2001年12月、中国はWTOに加盟した。すでに、中国は世界各国から進出した様々な業種の工場が操業し「世界の工場」と言われるほどに成長してきているが、WTO加盟により、いっそうの貿易や投資が拡大することが期待される。一方、韓国とはより密な連携を築く「自由貿易協定」の締結が取り沙汰されるなど、隣国を中心としたアジアから目を離せなくなっている。九州・山口地区は、全国のなかでもこれら地域との結びつきが従前から強く、近年では日本・韓国・中国の一部から構成される環黄海経済圏で、大さな役割を担っている。
本稿では、環黄海経済圏と九州・山口地区について概観した後、特に韓国を中心に取り上げ、現地での日系企業の活動状況や、日本企業の韓国産業に対する評価を見る。

2 環黄海経済圏と九州・山口

(1)環黄海経済圏の槻要
 環黄海経済圏は、九州・山口地域と韓国・中国の一部からなる。もっとも、実際にどこからどこまでを環黄海経済圏のエリアとするかは、論者や機関によって異なる。日本では南九州を含めるかどうか、中国では上海地域を含めるかどうかなど一様ではない。とりあえずここでは、九州経済産業局が用いているエリアを活用する(図1)。
 このエリアの経済規模を見ると人口は344百万人で、世界シェアの5.9%を占め、EU(373百万人)、NAFTA(394百万人)にほぼ匹敵する。また、GDPは8,532億ドルで同3.0%、貿易では6,730億ドル、同6.0%とASEANの6,808億ドル(2.4%)、6,354億ドル(5.7%)を上回る規模である。

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出典:経済産業省・九州経済産業局『九州アジア国際化レポート2001』2001年8月。

 現在、国家レベルではWTO加盟を果たした中国と、貿易や直接投資など実態面での活動が進展しているほか、韓国との間でも日韓自由貿易協定の締結の機運が盛り上がっている。九州・山口地区の企業は地理的近接性を活かし、全国以上に韓国、中国との交流が盛んであり、国家レベルの動さを先導する役割を果たしてきた。たとえば、この地域の貿易、直接投資、出入国者数、在留外国人数、国際線数、姉妹都市数などを見ると、いずれもわが国平均を上回っており、強いつながりがある(図2)。

図2 環黄海度(九州の経済活動に占める韓国・中国の割合(2000年))(単位:%)

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資料:通関統計、海外進出企業総覧、九州・山口地場企業の海外進出、出入国管理統計、在留外国人統計、姉妹都市一覧。
出典:経済産業省・九州経済産業局『九州アジア国際化レポート2001』より作成。

(2)日韓の貿易構造
 これまで、日本と韓国の国ベースの貿易構造は、日本の出超、韓国の入超であった。たとえば2000年の日韓貿易は、日本からの輸出が150.4億ドル、輸入が238.6億ドルで貿易収支は韓国側の88.2億ドルの赤字となっている。これは、韓国が資源を持たないため、加工貿易を志向する必要があるが、品質の良い最終製品を作ろうとすると、どうしても日本から部品等の中間財を輸入する必要があり、日本からの輸入が構造的にビルトインされていたのである。
 九州・山口地域と韓国との貿易(2000年)を見ると、九州・山口地区からの輸出が50.8億ドル、輸入が39.1億ドルとなっている。これを財別に見ると、韓国への輸出では、鉄鋼、金属などの基礎素材製品では94年の43.5%から2000年には31.1%に減少したのに対し、一般機械、電気機械などの機械機器製品では同じ期間に20.7%から43.0%に増加している。一方、輸入についてみても、基礎素材製品が49.8%から28.5%に減少したのに対し、機械機器製品が20.7%から43.0%に増加しており、九州・山口地域と韓国との間では機械機器製品が主要な貿易品目になっていることがわかる(表3)。

表3 九州・山口地区と韓国の貿易構造の変化(単位:%)

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出典:経済産業省・九州経済産業局『九州アジア国際化レポート2001』2001年8月。
資料:通関統計。
注:出典には、九州と韓国との貿易として示されているが、出典でいうところの「九州」は門司税関の数値で、山口も含まれることから、ここでは九州・山口地区とした。
一次産品:食料品、繊維原料、金属原料、鉱物性燃料等
機械機器製品:一般機械、電気機械、輸送用機械、精密機械等
基礎素材製品:鉄鋼、金属、非鉄金属、化学品、繊維等


 これを主だった品目別に見ると、2000年は、九州・山口地区から韓国への輸出が5,474億円に対し、輸入が4,215億円だった(表4)。ただし、主要な輸出入品目をみると、輸出入ともに電気機械と一般機械が入っており、この分野で水平分業が行われていることがわかる。韓国ではコンピュータや携帯電話の生産が盛んで、海外にも輸出されており、日本にもコンピュータなどが門司港を通関して入ってきている。これら製品に使われる半導体部品の一部が、九州に多く立地する半導体メーカーから輸出されており、韓国での製品生産が伸びれば日本からの輸入も増えるという構造になっている。

表4 九州の韓国への主要品目別貿易の推移  (単位:億円)

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出典:経済産業省・九州経済産業局『九州アジア国際化レポート2001』2001年8月。

(3)韓国への直接投資状況と九州・山口地区からの進出状況
 韓国統計庁によれば、海外から韓国への直接投資は99年の数値で認可件数1,463件、認可金額155億ドルとなり、前年比でそれぞれ83.8%増、75.6%増と大幅に増加した。これを国別に見ると、1位はアメリカで、次いでオランダ、日本の順となっている。
 九州・山口地区からの韓国への進出状況を見ると、1986年から2000年までのトータルで44件となっている(表5)。この間にはすでに撤退した企業もあることから、実際の進出件数はもっと多いことになる。90年代の進出件数は91年の6件を除き0〜3件とそれはど多くないが、2000年には5件と増加している。5件のうち2件は情報サービス関連で、このところの韓国の情報産業発展に符合した格好となっている。

表5 地域別・年次別海外進出状況(単位:件)

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資料:(財)九州経済調査協会『九州・山口地場企業の海外進出』2000年。

3 現地での日系製造業の活動状況とアジア通貨危機の影響

(1)日系企業の活動状況
 韓国の日系製造業の活動状況については、JETRO(日本貿易振興会)が97年より調査を行っている。ここではそれをもとに、まず日系企業の現地での状況を概観する。

1 回答企業の業種別内訳
 97年の調査開始時は、日系製造業141社にアンケートが送付され、30社(業種別有効回答数は29社)から回答があった。このとき、最も多くの回答が寄せられた業種は「化学・石油製品」であった。98年は174社にアンケートが発送され、62社から回答を得ている。このときの回答企業の多い業種として「化学・石油製品」「電気・電子部品」がある。99年は520社にアンケートが発送され、84社から回答を得ている。このときの回答企業の多い業種として「電気・電子部品」「化学・石油製品」「金属製品」がある。2000年調査では同じく520社にアンケートが送付され、56社から回答を得ている。回答企業の多い業種として「電気・電子部品」「化学・石油製品」がある。
 このように、調査は毎年行われているが、いくつか注意すべさ点がある。ひとつは、JETROが捕捉している日系製造業にアンケート調査票を送付しているが、その捕捉率は完全ではないこと。たとえば、98年と99年のアンケート調査発送数に大きな違いがあるが、これは決してこの間に大量の企業進出があったわけではなく、捕捉率の違いから生じたと考えられる。また、調査年によって業種別回答企業数に差がみられるが、この差が実際の現地日系企業の増減を示したものではないこと。たとえ、業種別回答企業数が調査年によって同じ数値であっても、回答企業が同一企業であるとは限らないこと。以上のようなことから、単純な時系列比較はできないことに注意する必要がある。

表6 業種別内訳

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資料:日本貿易振興会『進出企業実悪調査アジア編』各年版より作成。
注:業種別企業数の「−」は、当該年次の内訳にはその選択肢がなかったもので、「0」とは異なる。実際には、「その他」に含まれている可能性がある。

 設立年については、唯一、97年調査だけにその設問項目がある。それによると、29社中11社が「1970〜79年」、8社が「86〜90年」としている。日系企業の韓国進出は国交が正常化した65年以降に始まったが、進出が本格化したのは70年代前半であり、その後、労働争議や賃金の上昇などで撤退した企業も見られる。

2 進出理由
 進出理由についても97年調査のものしかないが、それによると有効回答27社中16社が「現地市場の販路拡大」で、次に「逆輸入を行うため」「海外の低廉な労働力確保」がそれぞれ3社となっている。進出先として韓国を選んだ理由を見ると、有効回答26社の内、20社が「国内市場の将来性」をあげており、次いで7社が「労働力(質・教育・訓練)」を、5社が「低廉な労働力」、4社が「サポーティング・インダストリーの充実」をあげている。なお、87年の民主化以降、年率10%程度の賃金上昇が続いており、91年以降創業を開始した企業では「低廉な労働力」を上げる企業はなかったとしている。

3 売上と営業収益状況
 97年7月にタイで始まったアジア通貨危機は韓国にも波及し、同年12月にはIMF(国際通貨基金)の緊急融資支援を要請することとなった。この結果、97年にプラス5.0%だったGDP成長率は、98年にはマイナス6.7%と大きく落ちこみ、多くの企業が倒産した。こうして、経済全体が危機に陥ったが、99年には輸入を減らし輸出を促進する政策をとったことで、外貨準備高が急増、また、積極的な財政支出と民間消費の伸びなどから急速に回復し、99年のGDP成長率は一挙に10.7%増となり、IMF体制からも脱した。
 この時期の日系製造業の売上を見よう。アジア通貨危機が発生した翌年の実績を見ると、売上が減少した企業が全体の4割近く見られたが、増加した企業も54%見られ、韓国企業に比べるとダメージは少なかったようである。99年になると、韓国経済自体が急速に回復したこともあり、売上が減少した企業はさらに少なくなり、逆に売上が増加した企業が7割近くを占めるまでになっている。

表7 売上前年比

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資料:表6に同じ。以下、同様。

 営業収益を見ると、アジア通貨危機前の96年実績では「黒字」が70%、「赤字」が20%であったが、最も影響が出たと思われる98年には「黒字」が64%「赤字」が24%と、若干赤字企業が多くなった。しかし、黒字企業の占める割合が依然高い割合を示しているほか、99年には「黒字」が84%、「赤字」が16%といっそう黒字企業の占める割合が多くなっている。
 これらのことからすると、日系製造業においては、韓国でのアジア通貨危機の影響は、韓国企業の多くが受けたダメージに比べると、それほど深刻なものではなかった。これには、後述のヒアリング企業に見るように、アジア通貨危機で撤退したところもあるが、そうした企業はそもそも調査対象から外れており、残った企業だけに調査をしていること、今回の通貨危機の与えたマイナスの影響は、韓国企業のなかでも特に財閥系企業に強く現れたこと、日系企業は、もともと韓国で作った製品を日本側で引き取るなど、アジア通貨危機の影響を直接受けにくい販売ルートが確立されていたこと、そもそも韓国経済のダメージを受けた期間が短く、日系企業まで影響が現れるまでには至らなかったことなどが考えられる。

表8 営業収益の推移

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(2)現地での販売・生産状況
 韓国の日系製造業は、最大の進出理由として「現地市場の販路拡大」を挙げる企業が多かったように、販売先として韓国市場に重きを置いている企業が多い。もっとも、だからといって全く輸出をしないわけではない。このことは、あとの馬山自由貿易地域で見るように、元々韓国政府は外貨獲得をひとつの目的として外資系企業を誘致したことがあるからである。そのことからすると、70年代の頃の進出理由と近年の進出理由は大きく異なってきていることがある。
97年の調査によると、有効回答30社の内「輸出あり」が23社あり(「輸出なし」は7社)、売上に占める輸出額の比率は有効回答20社中「30%未満」が14社となっている。2000年調査でも「輸出あり」の企業が有効回答55社中42社を占めており、2000年7〜9月期の輸出比率は、有効回答41社中「10%未満」が5社、「10〜30%未満」が15社、「30〜50%未満」が6社、「50%以上」が14社などとなっている。
生産に必要な原材料・部品調達で、51%以上調達している先を見ると、「現地」と「日本」の割合が高いが、その両者を比較すると「現地」の方が「日本」よりも高くなっている。このように、現地調達の割合が高くなっているが、それをさらに現地の「現地企業」と「日系企業」に分けて見ると、「現地企業」から調達する割合が圧倒的に多くなっている。

表9 原材料・部品を51%以上調達する先

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表10 現地調達の内で51%以上調達する先

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(注)98年、99年の選択肢は「日系企業」と「その他地場企業」の2つのみ。

4 馬山自由貿易地域と進出日系企業

(1)馬山自由貿易地域の槻要
 釜山の西方74kmに位置する馬山自由貿易地域は、1970年、韓国で初めての外国人専用団地として設立された。70年当時は、韓国経済が発展する初期段階と位置付けられるが、輸出拡大と雇用確保が大きな目的としてあった。当初、150万uで造成されたが、途中、政策変更もあり、現在は79万3千uの敷地面積となっている。そこに、外国企業47社が立地しているが、主に、日本企業を誘致するために設立されたこともあり、現在、38社の日本企業が進出している。日本企業の当地域のシェアをみると、2001年8月末現在で、総投資額の69.2%、輸出額の23.1%、雇用の53.1%を占めている。
 70年代の設立当初は靴や繊維などの労働集約的な産業が多かったが、80年代の労働争議の影響で、一部の日本企業が撤退、その後、団地内の業種転換が進み、現在は電子・電気関連企業が中心となっている。団地内の最大企業は携帯電話などを作っているフィンランドのノキアで、2000年の輸出は24億ドルにのぼっている。日系企業ではSONYや三洋が大手企業として立地しており、SONYは10億ドル規模の輸出を行っている。
 設立当初は「自由輸出地域(Free Export Zone)」として、輸出を主体とする地域として、主に製造業の外資系企業に様々な恩典を与えながら誘致して外貨を稼ぐ位置付けにあったが、2001年7月に「自由貿易地域(Free Trade Zone)」となった。これにより、製造業以外の物流、貿易業、金融業なども入居が可能となった。なお、同地域の輸出額は年々増加傾向にあり、2000年は4200万ドルと過去最大の前年比伸び率となった。また、雇用面でも2万人を雇用している。

(2)進出日系企業のケース
1 合弁企業を下請として活用するA社のケース
 A社は病院など医療・福祉機関向けの機器を作る会社(従業員215人)で、馬山にも従業者20人の工場(合弁)を持つ。当初、韓国の商社を通じて商品を輸出していたが、その商社との話のなかで、韓国に工場を設立する話が持ち上がった。その結果、自由貿易地域に指定されて間もない馬山に73年に進出することとなり、74年から操業を姑めた。出資比率を見ると、進出当初は日本側85%、韓国側15%だったが、一時期は日本側の独資となり、現在は日本側40%、韓国側60%の合弁形態となっている。現在の出資比率は韓国側の方が高いが、経営の指導権は日本側が握っている。
 現在、韓国工場は100%日本からの発注で成立っており、専属下請けのような関係にある。A社の製品は加工組立型の範疇にはいるが、いわゆる量産品ではない。受注先の病院などの要望を聞きながら製品に仕上げていく受注生産的な要素が強い。もっとも、部品にはある程度の汎用性を持たせてあるから、完全な受注生産でもない。製品に占める人件費のウェイトが高いが、進出時の人件費は日本よりかなり安く、それが大きな進出理由であった。途中、労働争議などで賃金は上昇したが、それでも日本の半分以下の水準だと言う。
 韓国工場では、日本では作らなくなった普及品的なものを作っており、それも最終完成品ではなく、日本で組みつけるための部品を作っている。その部品を作るのも、構成部品の心臓部やJIS製品などは日本から持ち込んでおり、残りの80%の部品を現地で調達している。韓国で作ったものの90%近くを日本に輸出している。

2 撤退したB社のケース
 B社の創業は昭和20年で、創業者は安川電機の研究所所長をしていた。製品は主に重電用の抵抗器で、安川電機ほか重電機メーカーに納入している。韓国にはこれまで輸出をしていたが、昭和53年に韓国のメーカーから技術提携の申し入れがあった。その時は2年間の期限付きの金銭契約で、技術指導料を受け取っていた。契約終了後も付き合いたいということで、平成3年にソウルに合弁会社を設立した。その後、好調に売上を伸ばしていたが、アジア通貨危機の影響で急速に韓国国内の景気が悪化したことから合弁会社の業績も悪化し、平成12年末に出資者である韓国側企業に吸収されることとなり、事実上撤退した。

5 日本人経営者が見る韓国の技術評価

 以上、韓国の製造業に関して、現地での操業状況、日本と輸出入を通じて取引をしている企業がどのような状態にあるかを見た。統計で見る限り、近年、日本から韓国への進出は、製造業よりもサービス業や流通業などが多くなっている。それでは、韓国の製造業の魅力が薄れてきたのかと言えばそうではない。たしかに、これまでの低賃金を活用した労働集約型産業の進出はメリットが薄れているが、反面、韓国の高くなった技術を期待しての進出や、韓国人の所得の向上による国内市場を期待しての進出、あるいは、中国市場をにらんで中継拠点としての進出、さらには中国など一国に投資を集中させることへのリスクヘッジの観点からの進出などが見られる。
 以下では、韓国製造業の技術レベルを日本の経営者がどのように評価しているのかを見ることで、今後、環黄海経済圏でどのような競争・共存関係が構築できるかを考えるための足がかりとしよう。
 先のB社の経営者によると、韓国の抵抗器に対するニーズは、日本の10年くらい前のものが中心であるほか、現地で作っている製品の品質も、絶縁に使う碍子の強度や塗装などの面で劣っており、トータルとしての品質レベルは低い。また、韓国の合弁会社から下請として利用していた外注先の品質に対するレベルも低いという。
 次は、バルブメーカーC社である。C社は、造船ブームが湧き出した韓国から、1984年に船に搭載するバルブ類の受注に成功する。当時の韓国は、船体は作れても、船に搭載する機器類などは日本などからの輸入に頼る部分が多かったのである。その後も韓国からの受注に成功するが、韓国内で徐々に現地調達率を高めようとする機運が高まってきたのを機に、韓国メーカーに技術指導をしながら、そこから韓国船に納入することを決意する。そこで、韓国全土を調査しながら、10社ほど優秀な中小企業を選択。そこに同社の技術者を派遣して技術指導を行い、そのメーカーから船会社に納入させているが、販売代金はC社が受け取っている。C社と韓国の部品メーカーとの関係は親企業と下請企業のような関係にあり、韓国の部品メーカーは加工代金を受け取るかっこうになっている。こうした関係は97年のアジア通貨危機まで続くが、韓国側の外貨不足により中断する(2002年に入り、再開した)。
 現在では技術指導した韓国メーカーから部品を輸入しており、国内生産と輸入との割合は国内が65〜70%、輸入が30〜35%となっている。韓国も人件費が上昇したが、アジア通貨危機後2〜3割下落したという。現在の韓国製品は、国内の同等品と比べると20%以上安い。
 バルブは自動化されたラインで作られる製品と比べ、製品コストに占める加工費(含む人件費)の割合が55〜60%ほどにもなるなど加工費が格段に高い。したがって、人件費の安いところで作るのは非常に魅力的である。同業他社でも中国に進出している企業もあるが、技術力が備わっているかどうかが進出を決める1つのポイントとなる。
 韓国の技術水準は、現代、三星など財閥系の技術力は日本と差はないが、そうしたところの企業では価格も日本とあまり変わらないという。一方、中小企業の技術力はかなり差があるという。これをもう少し仔細に見ると、機械等の保有設備は優秀なものを持っているところもあるが、そういうところでも従業員の品質に関するこだわり、という面では格差がある。ただし、この格差は日本的なこだわりからすると、こまかいところまで処理ができているかどうか、といった点から優劣をつけがちであり、どちらかといえばモノ作りに村する考え方の違いといった文化的な違いから生じている側面が大きいとも言える。
 3つ目は金型を作るD社である。D社は金型専業メーカーで、従業員70人で年間12億円を売り上げている。金型の用途としては、自動車ミラー、携帯電話、エアコン、DVDなどの家電、デジタルカメラ、プリンターの内部部品など小物が中心である。現在、日本での生産を3分の2、残りを韓国で行っている。日本で目いっぱいの仕事量を確保することで機械の稼働率をあげることに注力しており、これ以上になると韓国に回している。5年前から取引をはじめた韓国とは1社だけと取引をしているが、立ち上げ時には技術的な面で指導したり、精度のでない機械を日本の機械に入れ替えさせたりもした。
 韓国の金型業界のレベルは、三星や現代など財閥系の中には日本と同等の品質のものを作れるところもあるが、製品価格も日本と変わらないという。一方、そうした企業以外の品質は、ひとつには金型を作るときに使用する工作機械の品質が悪いことから、金型の精度もかなり問題があるという。現在、同社のユーザーの中には、韓国の金型メーカーにも試作させたことがあるが、どうしても満足のいく品質のものができずに同社に発注しているところも多い。
 なお、同社は一時期、中国青島に進出することも考えたが、現在は白紙に戻している。これは、中国に進出しなくても国内で十分採算が取れると判断したためである。

 これだけのケースだけで速断することは難しいが、加工組立型の中で機械を中心としながら量産するものについて、加工・組立部分だけを取り出すと日本と韓国の間でそれはど差はないと考えられる。むしろ、原材料価格の安い分、製品価格も韓国の方が安い場合が多い。ただし、原材料については特殊鋼や一部の合金などのように、日本でないとできないものもあり、製品の原材料にどのようなものを使うかで答えが異なる。次に、バルブや金型といった機械金属関連業種の中小企業の技術レベル(加工精度、ばらつき)は、いまだ日本の方が高いといえそうである。

 現在、環黄海経済圏において水平分業が進展しているが、日・韓について見る限り、水平分業の進展は製品に対する加工度の違いを反映したものであった。今後、韓国においても当然、技術力の向上が見込まれることから、水平分業のいっそうの拡大、深化を図るためには、日本企業のさらなる技術力向上が求められる。