2 関門地域・韓国間経済交流の制度的枠組

尹 明憲

1 は じ め に

 今日、グローバル化の進展は世界諸地域でさまざまな形態での地域統合をもたらし、東アジアでも日本と韓国の間で自由貿易地域構想が政府および財界・研究機関レベルで論議されている。このような状況は地方にとっても無関係ではないのは言うまでもない。グローバル化の潮流の中で積極的に対応して主体性を確立しながら国境を越えた地方間交流圏の形成を目指す地方も多くある。関門地域は環黄海地域の一部として韓国(特に東南地方)、中国東北地方と長年交流を続けてきたが、これまでは自治体および市民の間の自然発生的な「出会い」から始まったものであった。
 しかし、例えば北九州市による大連市への環境保全計画への支援1)のように、現在地方間交流は単なる「交流」から具体的プロジェクトでの「協力」へと深化しつつあるが、それを推進していくためには、当事者が論議し合意したことを着実に実行に移すような制度的枠組が重要性を持つようになる。昨今日本と韓国の間で日韓自由貿易協定の議論が交わされているが、これによって関門地域が韓国とこれまで以上に実効性のある地方間交流を展開するための条件が整備されることになる。
 本稿では、まず韓国との経済交流の現状を北九州港の貿易から確認し、中央政府レベルおよび地方レベルでの経済交流の展開を制度的枠組の整備とそのための動向という点から論じることとする。

2 貿易実績から見た経済交流の現状

 韓国との経済交流がどの程度行われているかは、貿易実績に見ることができる。下関港については本書のVで取り上げられるので、ここでは北九州港の韓国に対する貿易実績について触れることとする。
 まず北九州港(門司港および戸畑港)における韓国に対する輸出額と輸入額の推移を1979〜1999年の期間で見ると、図1の通りである2)。全般的に輸出入ともに増加傾向を示し韓国との経済交流の拡大を示す。80年代は輸出が輸入を上回って出超で推移してきたが、85年のプラザ合意以降は円高基調の下で輸入額が急増していき88年から入超に転じた。しかし、90年代後半に円安に転換し韓国の輸出競争力が相対的に低下すると、北九州港からの輸出が急増し再び出超となった。しかし、韓国が通貨危機に陥った98年には韓国側の需要縮減で輸出額が激減し、翌99年には回復傾向を示している。2000年には韓国経済の回復に伴って輸出額が911億4173万円、輸入額782億8816万円と交易規模が拡大した3)。なお、輸出額がこのように急速に回復した要因として、韓国の景気回復による需要増加とともに、これまで日本に村する輸入規制策として実施された「輸入多辺化措置」が99年に完全に撤廃されるという制度面での変化が上げられる。

図1.北九州港の対韓国貿易額の推移

図1を見る

 韓国への輸出で主要品目となっているのは、一般機械(2000年の実績281億3148万円)と鉄鋼(171億3260万円)、有機化合物(87億7348万円)、電気機器(52億5092万円)などである。一方、主要輸入品目は一般機械(313億2328万円)、衣類および同付属品(154億6413万円)などが比重が大きく、鉄鋼(29億7972万円)、電気機器(32億8903万円)、有機化合物(17億9395万円)も含まれており、衣類および同付属品を除くと、品目で輸出品目と似通っている。
 次に、北九州港にとっての韓国貿易の重要性を他のアジア諸国と比較すると、図2と図3の通りである。アジア州を対象とした輸出額では韓国は20%という比重を占めており、中国、台湾とほぼ同規模の輸出が行われている。図2ではアジア州に限定して図示したが、輸出総額でも約11.9%にも上り、地域としての北アメリカ州(26.1%)には及ばないが、ヨーロッパ州(9.3%)を上回る水準であり、輸出先として決して軽視し得ない重要性をもつ。

図2.北九州港の対アジア向け輸出額の国別内訳(1999年)

図2を見る


 図3では図2と同様に、北九州港のアジア州に対する輸入額の国別構成を示しているが、中国が39%と最大のシェアを占め、韓国はそれに次ぐ20%のシェアを占めている。輸入総額に占める比重では15.4%と輸出額のシェア以上に大きな比重を占めており、それに対して北アメリカ州は6.5%に留まっている。

図3.北九州港における対アジア向け輸入額の国別内訳(1999年)

図3を見る

 ところで、韓国との貿易で特に注目される点は、一般機械を始めとする機械機器分野で輸出入ともに増加しつづけており、水平分業が進展していることである。周知のように、北九州市では素材産業から組立加工産業への転換が図られてきたが、このような産業構造変容の基調は輸出品目にも反映され、80年代後半に30%前後の構成比であった機械機器輸出は90年代後半には40%台を上回るようになった。輸出品目の高付加価値化に努めてきた韓国も機械機器分野の輸出(北九州港にとっての輸入)を増加させてきた。ちなみに、1984年から1999年までの15年間で韓国からの北九州港への輸入総額は年平均13.8%で成長した(約7倍増)のに対して、機械機器輸入は年平均38.5%という成長(約132倍増)を示した。したがって、北九州市および関門地域は韓国との間の機械機器分野において水平分業をいっそう推進していくことが期待できる。
 そこで、1984年から1999年までの北九州港の機械機器貿易の水平分業度指数を算出して図示すると、次の図4の通りである。ここでは、水平分業度指数は次のように算出している。この数値が1に近ければ近いはど輸出額と輸入額が同額の水平分業に近づくことになる。

水平分業度指数=1−|( 輸出−輸入)/(輸出+輸入)|

図4.北九州港における機械機器
分野の水平分業度指数の推移

図4を見る

 素材産業が貿易面でも主流を占めていた1980年代には、輸入は鉱物性燃料および金属その他原料が大半を占めていたが、90年代に機械機器分野の製品輸入が増加するにつれて水平分業指数が上昇していったが、韓国に対する水平分業度指数は、通貨危機前後の時期以外は、はぼ総額のそれを上回って推移しており、98年には0.66、「輸入多辺化措置」が完全に撤廃されるようになる99年には0.98という注目すべき値を示した。ちなみに、「輸入多辺化措置」の完全撤廃が実現されると、機械類での韓国側の対日赤字の膨張が予想されるが、2000年の状況を一般機械について見ると、北九州港では輸出額が281億3148万円、輸入額が313億2328万円で北九州側が入超になっており、水平分業度指数は約0.95となりほぼ完全な水平分業が実現されていると言って差し支えない。ちなみに2000年の韓国に対する一般機械貿易実績を下関港について見ると、輸出1000億3479万円、輸入151億8950万円で出超となっており、特に輸出は門司税関管内からの韓国への一般機械輸出全体の約75%を占めるほどにこの分野での輸出港としての性格が明確に現れている4)
 もちろん、一般機械といってもその中には様々な種類の機械が含まれるのであり、上に触れた北九州港と下関港との相違も含めてより詳細な検討が求められる。いずれにしても、韓国と関門地域の間で広範かつ深度のある分業が期待できるのは、比較的付加価値が高く技術力が必要となるこの分野であると考えられる。

3 日韓自由貿易協定をめぐる動き

 日本と韓国の間で自由貿易地域(FTA)構想が本格的に論議されるようになったのは、金大中大統領が就任した1998年以降である。98年10月に金大中大統領が訪日した際に、合意された「21世紀に向けた日韓パートナーシップのための行動計画」の中の「経済面での協力関係強化」が盛り込まれた。その後、同年11月に開催された日韓閣僚懇談会の場で日韓自由貿易地域構想についての議論が行われ民間次元で共同学術研究を実施することで合意した。これに伴って、韓国対外経済政策研究院(KIEP)と日本貿易振興会アジア経済研究所による「21世紀日韓経済関係研究会」が発足し、日韓自由貿易地域に関する共同研究が開始された。この共同研究の成果は2000年5月に報告書として発表された。
 両研究機関の共同声明および報告書(総論要旨)によると5)、日韓自由貿易協定がもたらす効果として、まず関税・非関税措置撤廃により日韓双方の比較優位が明確な分野での貿易量の拡大(貿易創出効果)と第三国からの輸入の減少(貿易転換効果)がもたらされる。両国間では、韓国からは衣類や雑貨品、水産物などの対日輸出が、日本からは高度な機械類や金属・化学製品などの対韓輸出が増加して、韓国の対日貿易収支の赤字拡大が予想される。しかし、以上の静態的効果にとどまらず、動態的効果も予想される。すなわち、日韓が低級品と高級品、部品と完成品を相互に輸出入して水平分業(産業内分業)の形成している分野などで市場一体化が進むと、日韓企業間での競争激化とともに戦略的提携も進み、生産性向上、競争力強化などの効果として現れることになる。
 しかし、このような動態的効果が実現されるためには、租税条約、投資協定、通関手続き、その他貿易円滑化措置、政府調達、基準認証、知的所有権など幅広い分野での両国間の調整・標準化が求められる。
 なお、2000年9月に金大中大統領が訪日した際に行われた首脳会談で「日韓自由貿易地域ビジネス・フォーラム」の設置が合意され、日韓自由貿易地域に関する両国間の協議の場が経済人にも広げられるようになった。
 この日韓自由貿易地域構想に対しては、日韓双方の地元研究者も議論しているが6)、実際に自由貿易地域が機能する条件として地域(地場企業・行政)、自覚的市民(および運動体)が実体として支える主体に加わることが強調されており7)、また日韓両国間の技術格差から韓国側により大きな弊害が予想されることから、当初は自然発生的に貿易が活発に行われている地方に限定して、「局地的自由貿易地帯」(金昌男)もしくは「日韓海峡経済圏」(小川雄平)を設定することが提案されている8)9)。これらの議論では、これまで継続されてきた九州(および山口地方)と韓国との経済交流、具体的には前節で見たような北九州港の対韓貿易の拡大が念頭に置かれており、経済交流を支えるインフラとして日本側の輸入促進地域(FAZ:Foreign Access Zone)と韓国の輸出加工地域(EPZ:Export Processing Zone)を利用し両者を結合した形態が想定されている。この「局地的自由貿易地帯」では、国内の他の地域と空間的に分離された特定地域として、地区内の輸入物品に対する数量制限、関税および物品税の支払い、外貨規制、その他規制などを免除された地域であり、また外国人投資を誘致するために、外国人投資に対する各種規制の撤廃、優遇措置、積極的支援策が行われることとなる。
 「自由貿易地域」は、WTO協定(GATT24条)では、実質上すべての貿易について関税その他の制限が撤廃されていることが要件とされている。そして、このような制限撤廃は概ね10年以内の移行期間を設けて遂行されることになっているので、この「局地的自由貿易地帯」は移行期間に暫定的に設置されて次第に地域を拡大されていくものとして想定される。
 ところで、周知のように、関門地域では北九州、下関それぞれがFAZの指定を受け関連施設を運営している。FAZについては、地方分権・規制緩和という面で意義は認められるが、アジア通貨危機などこの間の状況の変化のために当初期待されていたほどの経済効果が得られたとは言えない10)。FAZの課題・問題点として指摘されていたことは、1.FAZ指定地が数多くしかも西日本に集中しているために相互間の関係(競合及び協調)をどのようにするかという点、そして2.関税制度や「与信」での地方裁量の欠如、その他に「教育」、「出入国管理制度」など、「一国二制度」を認めないとする中央官庁の姿勢から制約が多く「使い勝手」が悪い点である。
 もし、日韓自由貿易協定が両国間で本格的に協議され具体化され、その中でFAZが経済交流の拠点として位置づけられるようになれば、旧大蔵省が設けた「一国二制度」のハードルは乗り越えることが出来るようになるし、また、現在九州ではFAZ指定地間の共同事業が模索されているが11)、日韓経済交流を目的とした共同事業も将来可能となるだろう。

4 九州・韓国間の経済技術交流

 3に述べたように、地元研究者が日韓自由貿易地域をまず九州・山口地方から始めることを主張したのは、北九州・下関両市が行政レベルで主導してきた「東アジア都市会議」のように、この地域で長年韓国および環黄海地域との積極的な交流を続けてきたことが背景となっている。そして、行政レベルでの国際会議などの形での交流が積極的に展開されるのにつれて、図1で見たように、北九州港の韓国との貿易も拡大しているのである。
 次に、九州での対韓経済交流の制度的枠組作りの経緯を見ることとする。九州では1993年から「九州・韓国経済交流会議」が開催されている。これは、九州と韓国との「貿易、投資、産業技術」における協力促進と相互交流の拡大を通じて双方の互恵関係の下で経済発展を目指す地域協力体制を構築することを目的としている。ここでは、日本の中央官庁の地方出先機関である九州経済産業局が外国の中央政府機関(韓国政府)と日本の地方機関(7県・2政令市)の間を仲介して対等な交流・協力関係を展開する「九州方式」が取られている点で注目される12)

表1 九州・韓国経済交流会議

開催実績第1回 93年11月 北九州市
第2回 95年2月  ソウル
第3回 96年2月  長崎市
第4回 97年6月  全羅北道・全州市
第5回 98年7月  別府市
第6回 99年5月  光州広域市
第7回 00年9月  宮崎市
第8回 01年6月  慶尚南道・昌原市
主な成果・九州・韓国産業技術交流フェア
・環黄海産業・技術フェアの開催
・北九州国際技術協力協会(KITA)による技術研究生受入
  および専門技術者派遣
・九韓海峡経済圏推進調査(99年度)
・韓日友好技術研修生プログラムの協力
・九韓サイバーネットワーク構想の推進(01年度)

 第8回会議で議題となったのは、1.九州・韓国中小企業間の貿易・投資・産業技術協力を推進するためのインフラ拡充、2.企業及び経済団体間の交流活性化のための貿易・投資・産業技術団派遣、3.中小企業技術者研究及び専門家招請指導事業の発展的実施、4.投資環境改善、輸入促進策の広報協力、5.九州・韓国の地域間経済交流促進事業の発掘支援、などである。
 1のインフラ拡充ではIT技術の活用に主眼が置かれており、この脈絡で提起されたのが、「九韓サイバーネットワーク構想」である。これは、2000年9月の日韓首脳会談で「日韓IT協カイニシアティブ」が合意され、これを受けて発足された「九州・韓国IT地域間協力推進委員会」の下で2001年3月に「九州・韓国IT地域間協力アクションプラン」が策定されたことが背景となっている。「九韓サイバーネットワーク構想」は、九州と韓国の企業のビジネスマッチングをインターネット上で行えるようにすることによって、双方のビジネスを側面的に支援しようとするものである。2001年度には韓国大韓貿易投資振興公社が運営しているインターネット上のウェブサイト(silk Road21)とのシステムの共有化を図り、それをベースとして、企業データベースや法、税制など日韓の投資環境の相談窓口の設置などに関連するコンテンツの拡大を目指している。そして、それを支えるハードウェアの整備事業として「日韓IT光コリドー・プロジェクト」が推進されており、釜山・福岡県(福岡市と北九州市)間に光海底ケーブルを設置して、日韓共同開催となる2002年FIFAワールドカップに伴うデータ通信需要の増大にも対応することが出来るように同年3月に運用が開始される。

5 関門地域・韓国間の経済技術交流

 以上のように、日韓両国間では最近中央政府レベルでは自由貿易協定をめぐる折衝が行われており、九州地方圏レベルでは双方の企業間でのビジネスを支援するインフラ充実を目的とした事業が推進されている。このように日韓両国間の多様な経済交流が活発化する以前に、地理的に最も近接している関門地域(北九州市と下関市)が韓国との交流を長年手掛けてきたことは言うまでもない。
 周知のように、北九州市と下関市は、1991年から韓国・中国の姉妹友好都市と「東アジア(環黄海)都市会議」を開催しており、10年を経過した時点で福岡市を含めて10都市が参加している。「東アジア(環黄海)都市会議」では毎年実務者会議及び経済人会議が実施され、隔年で市長会議を開催してきた。2000年の第4回市長会議では「IT」がテーマとして設定され、「インターネットを活用した経済交流発展の可能性」などについて議論された。
 また、北九州市では表1に示されている北九州国際技術協力協会(KITA)による産業(及び環境)技術研修事業などは1980年から開始され20年以上継続されてきた。KITAが行っている韓国関連の産業技術協力事業としては、2001年度には1.第8回韓国中小企業技術者研修(「金属部品の加工と生産性向上」、「生産性向上技術」、「環境先進技術」、「生産性向上のための設備技術」の4つのコースについてそれぞれ10名を研修)、2.第7回短期専門技術者派遣(韓国企業7社を対象に「事前調査」、「本調査」「事後調査」を実施)、3.仁川メカトロニクス研修(仁川の中小企業経営者層を対象に実施)が推進された。
 産業技術に関しては、北九州テクノセンターと北九州市経済局国際経済課が、北九州地域の企業が保有する移転可能な技術(100件)の情報を海外、特に韓国・中国向けに発信するために、「北九州eテクノトレード」というホームページを開設している。これは、このホームページを通じて海外企業のニーズと北九州企業のシーズ技術とのマッチングを図り、技術交流を促進することによって双方企業の活性化に寄与することを目的としている。ちなみに、韓国企業からは53件の技術についてニーズが寄せられている13)
 また、九州地方での交流活動とも重なるが、製造業での産業交流として「アジア産業交流フェア」が北九州市FAZの一角を成す西日本総合展示場で開催され、韓国に対しては「環黄海産業・技術フェア」事業として電気・電子部品、精密機械部品及び関連技術を対象に展示商談会が設けられた。2000年には韓国企業28社が参加し、会期の3日間(11月15日〜17日)で220件の商談が成立するなどの成果を上げた。「アジア産業交流フェア」は2001年11月にも開催されたが、これとは別に同年6月に「韓・日機械類及び部品素材貿易投資商談会」が開催された。韓国企業を対象としたこれらの展示商談会は、対象分野を完成品でなく、部品及び関連技術に焦点を当てている点で注目すべきであり、これらは関門地域及び韓国の地方中小企業の双方にビジネス拡大の機会を与えると期待される14)

6 今後の展望

 姉妹友好都市との行政レベルの会議から始まった関門地域の韓国との交流は、10年以上継続されて、双方の地元中小企業間の展示商談会での相対取引に至るまで拡大・深化してきたと見ることができる。地方間の交流が一過性のものに終わらず、これほどまでに継続できたのは自治体レベルで交流のための制度的枠組がしっかりと形作られてきたからである。そして、現金大中政権の下で良好な日韓関係が続く中で、九州地方レベルでハード及びソフト両面での情報インフラ整備事業が推進されるようになり、また中央政府レベルでは自由貿易地域構想が取り沙汰されるようになったのである。いずれにしても、日本と韓国の経済関係では今後も九州及び関門地域が主軸を成していくことになる。
 ところで、自由貿易協定が世界的に盛んに締結される趨勢のもとで15)、締結しないことによるマイナス効果も懸念される。そうした中で、2002年1月13日に日本・シンガポール自由貿易協定が両国首脳の署名によって公式に発効したが16)、韓国は、メキシコとともに次の締結候補国と見なされている。自由貿易協定が締結されれば、域内関税・非関税障壁の撤廃のみならず、投資(保護)、競争、人の移動の円滑化、電子商取引、環境、労働関連制度の調和など多くの分野でルールが定められることになる。したがって、日韓自由貿易協定が締結されれば、関門地域と韓国との経済交流上の条件も当然変化し、双方間の人的往来と企業の相互進出は一層増大していくであろう。韓国では、「開放を通じた構造改革」を促すために日本との自由貿易協定の早期締結が必要であると考える論者もいるが17)、関門地域も韓国との自由貿易協定締結を視野に入れて経済活性化のための方策を今後整備していくことが望まれる。
 関門地域が韓国との地理的近接性を充分に生かすためには、これまでの交流実績を踏まえつつ、また地域の特徴を前面に出しながら、韓国の企業(人材、特に技術者)にとって魅力ある投資(生活・研究)環境を提供することが必要となる。そのためには、現行のFAZ施設と今後構築される情報ネットワーク・インフラを充分活用し、ITおよび環境関連分野などを中心として地元企業にも応用可能な産業技術の研究開発拠点を構築・拡充していくことが課題となる。

(注 記)
1)北九州市の中国大連市に対する環境国際協力については、拙稿「北九州市の環境国際協力の展開」『関門地域研究Vol.10関門地域における環境保全への取組み(2)』で言及している。
2)データは、北九州市『北九州市統計年鑑』各年版。
3)データは、門司税関『平成12年 外国貿易年表』、16、18頁。
4)データは、門司税関『平成12年 外国貿易年表』、92、98、107頁。
5)http://www.jetro.go.jp/ged/j/press/2000-05-23/2000-05-23-2.htm、による。
6)金昌男「韓日局地自由貿易地帯の創設に関する構想」『環日本海研究』第5号、1999年;小川雄平「日韓自由貿易地域構想と「東アジア地中海経済圏」」『西南学院大学商学論集』第46巻第3・4号、2000年2月;川本忠雄「WTO体制と「日韓自由貿易協定」」『下関市立大学論集』第44巻第2号、2000年9月、など。
7)川本忠雄、同上書、22頁。
8)金昌男、同上書、46〜49頁。
9)小川雄平、同上書、175〜177頁。
10)FAZについては、拙稿「輸入促進地域(FAZ)の意義−地域における輸入促進政策−」『北九州産業社会研究所紀要』(北九州大学北九州産業社会研究所)第37号、1996年3月;木村温人「関門地域とFAZ−北九州・下関FAZとFTZ−」『関門地域研究Vol.5 関門港の課題と展望』関門地域共同研究会、1997年3月、などを参照。
11)九州経済産業局『九州FAZ共同事業発掘調査報告書』、2001年3月。
12)小川雄平「「東アジア地中海経済圏」と域内協力の課題」『環日本海研究』第5号、1999年、74〜77頁。
13)「北九州eテクノトレード」については、http://e-trade.kitakyu-techno-ctr.co.jp、を参照。
14)「アジア産業技術フェア」については、http://www.asia-techfair.com、を参照。
15)『2001年 通商自書』によると、2000年6月現在WTOに通報されたFTAの件数は113件であるが、1995年以降締結されたものが半分以上の66件にも上る(159頁)。
16)『日本経済新開』2001年1月14日。
17)左承喜「韓・日自由貿易協定の展望」『東アジアレビュー』No.107(東アジア総合研究所)、2001年12月、6頁。